内容
とりあえずの遺言で十分な人もいる
最良の遺言は人それぞれ違います。これは、家族関係も財産もどのような相続を希望するかも千差万別だから当たり前です。
あらゆる問題を防いだり相続税を最小にしたりするなどの目的を実現するには、様々なケースをシミュレーションすることが望ましく、したがって、本来は遺言を残す人それぞれがその人にあったオリジナルの遺言を作成するのがベストです。
しかし、実際問題どのような内容にすればいいかわからないし、わざわざ専門家に相談するのも抵抗があるし、そもそも具体的な希望が固まっているわけではなく一度遺言を作ったとしてもすぐに変えたくなる気がするといった理由から、そんな大それた遺言を作成するほどでもないと考えている方も少なくないと思います。
この記事ではそんな方向けにとりあえずの遺言の内容をお伝えします。
大抵の問題を解決できるシンプルな遺言
ここでは推定相続人(あなたが亡くなった場合、あなたの相続人になる人)が、配偶者、長男、次男である場合を例に遺言を考えていきます。
先に結論となる遺言案を紹介します。
遺言
遺言者Xは、次のとおり遺言する。
1 遺言者は、遺言者の有する以下の不動産を遺言者の妻A(1950年1月1日生)に相続させる。
(1)土地
所在 ・・・・ 地番 ・・・・
種類 ・・・・ 地積 ・・・・平方メートル
(2)建物
所在 ・・・・ 地番 ・・・・
種類 ・・・・ 構造 ・・・・
床面積 一階 ・・・・平方メートル 二階 ・・・・平方メートル
2 遺言者は、遺言者の有する一切の金融資産(現金及び下記の金融機関に預託する一切の財産を含むがこれらに限られない)を日本円に換価し、遺言執行に要する一切の費用を控除した上で、残額の●%をAに相続させ、同●%を遺言者の長男B(1980年1月1日生)に相続させ、同●%を次男C(1990年1月1日生)に相続させる。
(1) 三井住友銀行 ●●支店
(2) みずほ銀行 ●●支店
(3)野村證券 ●●支店
3 遺言者は、不動産及び金融資産を除く一切の財産を妻Aに相続させる。
4 遺言者は、Bを遺言執行者に指定する。
<付言>
私がこの遺言を残したのは次の理由によります。・・・・
・・・・
・・・
令和3年3月3日
●●県●●市●●町1−1−1
X 印
これでOKです。
一部例外がありますが、上記を全て直筆で書き、印鑑を押しましょう。
4項、1項、2項、3項、付言、その他の順で補足します。
4項について
4項から先に説明する方がわかりやすいのでここからいきます。
遺言執行者とは、遺言の内容を実現する人であり、相続に必要な一切の手続きを単独で行う権限を持っています。
遺言執行者を定めておけば、他の相続人が非協力的であっても遺言の内容を実現することができます。
そのため、遺言の内容を決める上では、2項のところでも述べますが遺言執行者がなるべく他の人の協力なしで動けるようにすることが重要です。
遺言執行者は、相続人のうち多めに遺産を受け取る人を指定するのが良いと思います。遺言を実現すると最も利益があるため、遺言執行をするモチベーションにつながるからです。
また、遺言執行は金融資産が多いと結構大変なので、遺言執行者が執行業務を専門家に依頼することがよくあります。その費用を捻出できるように財産を残しておいてあげましょう。
最後に、遺言執行者には必ず遺言執行者にすることを伝えておいてください。相談しないで遺言執行者にしてしまうと、その人が遺言執行者に就任することを拒否してしまうかもしれません。そうなってしまうと、相続人の誰かがわざわざ裁判所に遺言執行者を選任する申し立てをしなければなりません。
1項について
不動産は一人に相続させましょう。共有名義にすることもできますが、最終的には相続人間で分割しなくてはいけなくなるためお勧めしません。
居住用物件ではなく投資用物件である場合には、2項で記載したように売却させてお金を分けるという内容にしてもOKです。
所在や地番などの内容は、当該不動産の登記をとってその欄に書かれている内容をそのまま写してください。
2項について
少しわかりにくい内容かもしれません。
簡単に述べると4項で記載した遺言執行者に全ての金融資産をお金に変えてもらって、遺言執行者がそのお金を指定した割合で相続人に渡す、というものです。
私が読んだいくつかの本では単純に「各3分の1の割合で相続させる」というように定めているものがありましたが不十分です。ポイントは遺言執行者が全金融資産を換価できるようにする点です。
なぜなら、預金以外の金融資産(株や債券など)をそのまま相続人に渡すためには、相続人に同じ証券会社で口座を開いてもらい金融資産を移管する必要があります。そして、他人の口座を勝手に開設することはできないため、その手続きには相続人本人の協力が必要です。
そのため、相続人のうちの誰かが遺言の内容に納得せず、手続きに非協力的だと遺言執行者の業務がいつまで経っても完了しないことになってしまいます。
他方、上記のように定めておけば、遺言執行者一人で金融資産を換価することができ、相続人の口座を知っていれば相続人の協力を得られずとも勝手に振り込んでしまえば良いので、遺言執行者が単独で遺言の内容を執行することができます。
遺言執行には交通費や郵送費が必要になるのでその費用は遺産から回収できるようにしておくと親切です。
なお、言うまでもないことですが、パーセンテージ部分は合計で100%になるようにしてください。
また、口座の特定は他と区別できれば十分なので口座番号を書くのは必須ではありません。支店を書かなくても遺言としては有効ですが、金融機関は窓口が支店ごとに異なるため、これが明示されていないと問い合わせ先がわからず遺言執行者が苦労することになります。
たまに預金残高を記載している遺言を見かけるのですが、これはやってはいけません。預金残高は変わるため預金のどの部分についてのことを言っているのかがわからなくなるからです。
(現金及び下記の金融機関に預託する一切の財産を含むがこれらに限られない)との記載は、遺言作成後新たに口座を作ったとしても同じように処理をするための記載です。
3項について
これは動産と負債に関する規定です。
動産については財産的価値のないものは相続人が話し合って分ければ良い(いわゆる形見分け)ですが、貴金属や美術品など高価なものがある場合は揉めることもあるため、その帰属を明らかにした方が良いでしょう。
また、負債(借金や病院への支払い)を誰が負うのかは明らかにしておく必要があります。支払いをしなければならなくなる相続人には多めにお金を残すようにしておくのが良いと思います。
付言について
付言事項は法律上は何の意味もありませんがかなり重要です。
特に次の二つについて記載しておくと相続人の紛争や心配を回避することができます。
- 遺言の内容が不公平である場合、その理由
- 負債の内容を事前に相続人に伝えていない場合、その有無及び内容
1について
遺言の内容を不公平にする場合は必ずその理由を書きましょう。
そうしないと、不利を被る相続人が、有利になる相続人があなたに働きかけて無理矢理遺言を作らせたのだと考えて無用な争いを生むことになります。
また、公平な内容であっても相続人が納得できないことはよくあるので、心当たりがあるならその点についてもフォローしておくことが望ましいです。というのも、きょうだいがいる人はわかると思いますが、子どもはそれぞれが平等に育てられたとは考えていません。自分は公立の大学に行ったのに向こうは私立の大学に行ったとか、向こうは結婚の時にお祝い金をもらったとか、あなたが気にしていないことをとても気にしています。
なので、簡単でいいのでこれまでの経緯を全て考えた上でこのような内容にした、ということがわかるようにしておくと良いです。
2について
私はこれまで、財産は多少あるが借金があるかもしれないから念の為相続放棄したい、という理由で相続放棄の申し立てをしたことが何度もあります。
また、結局相続はしたものの、負債があるかもしれないとモヤモヤした思いを抱えて人もたくさん見てきました。
金融機関からの借入については死後支払いがストップすれば連絡が来ますし、信用情報機関で調べることも可能です。しかし、個人からの借り入れや連帯保証については弁護士が調べても分からないことが多いです。
ですから、遺言に借り入れがないことや、あったとしてもその金額を記載しておくと相続人は安心できるのです。
その他
これは自筆証書遺言(自分で作成する遺言)を前提としています。
今後記事を充実させていきますが一部を除いて自筆で書く必要があります。
また、日付、氏名を記載する必要があります。日付は具体的な作成日を書き(吉日などはダメ)、氏名は戸籍上のフルネームを書きましょう。
印鑑は認印でも問題ありませんが、重要書類なので可能であれば実印を使いましょう。
まとめ
いかがだったでしょうか。
突き詰めていくと他にも書いた方がいいことはありますが、ほとんどの人はこの遺言で問題の95%は解決できると思います。
具体的な遺言の作成方法については別記事で解説します。